自分にとっての最高の日は見知らぬ誰かの最悪の日かもしれない。

自分っての最高の日は見知らぬ誰かの最悪の日かもしれない。

あまりにネガティブな考えかもしれないが、見知らぬ誰かではなく顔見知りな可能性も充分ある。

と言っても、決して喜ぶなということではない。
良き日は良き日。他の誰にそれを否定される権利があるだろうか。

しかし、何事も程々に。
人前。とりわけ大衆の目に触れる場所では、今日が良い日の人も悪い日の人もいる確率が増える。

この考えは伊集院静の『 大人の流儀』内にもあるのだが、深く共感する。

そうは言いながら私はまだまだ大人にはなれそうにない。
ほいたら、また。

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