後先のない0.00秒の無

早くも六月である。
ジメジメとした暑さが鬱陶しい梅雨も近い。

さて、ココ最近はブログの更新が滞っている。
これには理由がある。

それは、文野翔太の考えるブログという看板でこのブログをやっているが、考えるという事について疑念が生まれたからである。

とある異業種の飲み会で熱く熱く語った中で、私が考えているのは、考えているのではなくて言い訳をしているのではないかと感じたからだ。

書く事により気持ちをリセットしているのではないか。と。


必死になって一つに集中する。
後先のない0.00秒の無。

それを生きていない。
やっていない。

一生懸命にやるという事に対して、いつの間にか抵抗ができていて、それに対して、またやらなければいけないというジレンマの矛先が、この、文野翔太の考えるブログなのではないか。

そう感じた時から、全てが言い訳に思え、書き出す度に自分のガス抜きをしているだけに思えてきた。

そうやってなんちゃらかんちゃらと頭の中でモヤモヤしているうちに何も書けなくなってしまっていた。

後先のない0.00秒のっ。
今私はいきているのか。

考える。
よりも、瞬時にやる。

タイトルとはえらい違いだが、一歩一歩、自分が変わっていっている。

野狐禅のメジャーデビューシングル「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」の歌詞の如く。

「自殺志願者が線路に飛び込むスピードで生きていこうと思うんです」

ほいたら、また。



人気の投稿