他人に対する憤りは自分の内面を問う機会である。

価値観とかモラルとは育った環境により大きく異なる。

例えば傘立てに入っている傘を持っていく。
これも二通りあって、わかってやってる確信犯とわからずやってるタチの悪い人間がいる。

なかなか厄介なのは後者である。
注意を促しても何故ダメなのかがわからないから、キレたり不満を露にしたりと、注意する方も不愉快だ。


ただ、人を見るからそう見えるのであり、自分がパーフェクトかと問われれば、後者の面もあり、無意識なモラル違反を繰り返しているはずだ。

誰でも無知な部分がある。
それを理解しておけば、ずいぶんストレスなく、自分にもある部分だなと受け入れられる。

いや、受け入れられなくとも、認められなくとも、許すきっかけとしては十分だ。


苛立つ人間を見ると、自分にもそんな部分はないか問うてみる。
高ぶる感情を落ち着かす一つの手段だ。

ほいたら、また。

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