文野翔太は考える事を辞めて考えないようにした。
恋する事に疲れたみたい。
という歌いだしは松山千春の恋であるが、私の場合は考える事に疲れた。
いや、正確には考えるという行動は自分の人生においてかなりの労力を使う割にはマイナスにしか作用していないのではないかと気づき始めたからだ。
島田紳助著「自己プロジュース力」の中の一説に無心について語るものがあるのだが、この中では無心であればあるほど反応が早いという研究の話が出てくる。
考えている。という事は、その分、行動力に遅れをきたす。
反応を悪くしているのだ。
もちろん、考え過ぎずに無鉄砲過ぎるのも問題なのかもしれない。
しかし、考え過ぎて一向にリアクションできないのも大問題ではないだろうか。
考えるとはシンプルを削る行動である。
シンプルに生きられなければ人間は苦しみを勝手に見出す。
言いたいように言えばいい。
やりたいようにやればいい。
やってはいけない理由を探す前にやってしまうのは、ある意味最高のシンプルさである。
徐々に徐々に大胆にシンプルに変化していきたい。
そんな思いからブログタイトルも心機一転、文野翔太の考えないブログに変更した。
シンプルに。生きたいのだ。
ほいたら、また。
