頭の良さについて考える。

大臣クラスの失言が続く。
報道では政権の緩みと言われるが、それが全てではなくて、ずっと昔から続いているものだ。

頭がいい。
というのは二種類あると私は思っている。

①勉学に優れたもの
②その場に応じた振る舞いができるもの

どうも失言が続くのは①の要素が強いのではないかと思う。
そして①を偉いともてはやす国民性にも問題がある。

「5兆円という数字があります。これはまだ東北であっちの方だったら良かった。これがもっと首都圏に近かったりすると莫大な甚大な額になったと思う。」
今回、今村復興大臣が辞任した直前に東日本大震災についてこう発言した。

経済的なダメージや被害は首都直下地震が多くなるのは事実である。
しかし、それがどっちが良かった、悪かったの話ではないのは誰にでもわかる話だ。
そこに住む人からすれば被害の大小よりも自分の家族が地域が失われてしまうという現実があるのだ。

②のタイプの人間ならこのような発言はなかったと思われる。
しかし、①のタイプの人間にはその目線というか軸がないからこのような発言になる。

その場に応じた振る舞いができる人間というのは悲しいかな、非常に目立ちにくい。
野球で言うと本当に守備の上手い選手はどんな難しい打球も難なくさばくので一見ファインプレーには見えないのと同じである。

日本は権力に非常に弱い。
その権力もまた曖昧である。

人より秀でているかどうかを図る物差しは結局はテストやら学歴やらというものになってしまうので、①のタイプの人間がもてはやされる。
そして、そんな人間を企業も欲しがる。学力=能力ではないのに。


真の頭の良さとはなにか。
私は断言できない。
ただ、数字だけでなく人も見られる。
そんなバランスのいい人が真に頭に良い人ではないだろうか。

ほいたら、また。


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