おもしろいぞ!ジオパークビジネス(長文)
昨日、ジオパークの会に出席したのだが講師の柚洞先生の話が私の中でタイムリーな話ばかりであり、久々に身になる講義であった。
ここからは先生の話を聞いて(私のフィルター越しでなので先生の真意じゃないかもしれないが)感じた事を書く。
良くありがちな事だが、観光地の良さを伝えたい熱意が高ければ高い程、押し付け型観光になってしまう。
「素晴らしい景観がある。この素晴らしさを伝えたい!」
この景色を観てお客さんが何を感じるか、発信することがメインになってしまい、相手の欲する情報を提供できないという本末転倒な事態。
ヤマアラシのジレンマ(知らない人は調べてね)状態である。
竜串海岸を観て素晴らしいと思う人もいれば、ただの岩と見る人もいる。
人の感性は十人十色。その人なりの欲しい情報がある。
学術的な話を聞きたい人もいれば、今の感動を聞いて欲しい人もいる。
岩よりも海の綺麗さに感動する人もいれば、見えている貝や魚が食えるのかに関心がある人もいる。
そんな目線をぶった斬って学術的な話1本。
相手が興味があろうが無かろうが関係のない一本調子。
これでは2度目はないし、思い出からも消え去るであろう。
余談だが、少し前に某地方創生担当の大臣が「学芸員はガン」と発言して問題になった。
大臣という立場上では問題なのだが、上記の事を言いたかったのだろうなと思う。
さて、話を戻すが、そもそも観光とは何だろうか?
観光の語源は「国の光を観る」である(諸説あり)。
私の解釈では「その土地の特異な文化、生活を知る」である。
例えば私が普段食べているハガツオやチーキ、ウメイロ、スマなどは海が近くないと食べられない(鮮度や知名度がなかったり)。
陸ではイタドリやチャーテなども食べる地域は少ない。
いつも普通に食べている食材。
それだってところ変われば珍しいのである。
景観や施設だけが観光ではないのだ。
そこに住む人々の暮らしが、習わしが、言い伝えや昔話が観光材料なのだ。
そのストーリーに惹かれ納得、知る事が観光の醍醐味であると私は思う。
私の常識、非常識(いい意味で)。
世間話的な感覚こそが観光地やガイドに求められる感覚である。
そして、最後に感じたのは観光の枠を飛び越えて全てのビジネスにおいて通じるのだが、お金を払うのはお客さんだという事。
そんな話をしても金になるのか?
それはこっちじゃなくて、お客さんが決めるものである。
私たちが飲まないような川の水も砂漠で遭難した人にとっては命の水である。
スマホだって江戸時代にタイムスリップしたら「喋る板」とかいって大騒ぎになる。
金は評価であり、対価であり、期待であり、物では無い。
自分の話す事にいくらの価値があるなんてお客さんが決めるのだから、少ない金額じゃなくても、ガツンと高めを掲示すればいい。
興味があれば使ってくれるし、興味がなければ使わない。それだけだ。
その値段設定よりも充実したと思えばリピートするし、思わなければ次はない。
こちらはリピートしてもらえるように努力し質を上げるだけだ。
長くなったが、これが昨日の講義を受け感じた事をまとめだ。
先生の話を聴いて、ジオパークに関する考え(以前のブログに書いている)が大きく代わったと同時にビジネス参入チャンスはかなりあるなと思えた。
先生の話は痛快であり、私の弱点を衝かれた動揺もあり、観光の考え方の方向性の正しさを確認できたが、周りの参加者の顔を見ると素直に受け取れてないなという人もちらほらいた。
たぶん、その人はそこで止まったまま進歩はないのだろうなと思うと同時に、周りから頭一つ抜けるのにはイージーモードだなと感じた。
今更ながらおもしろいぞ!ジオパークビジネス。
ほいたら、また。
※この投稿の内容は柚洞先生の話を私なりに解釈したもので先生の発言ではありません。
この景色を観てお客さんが何を感じるか、発信することがメインになってしまい、相手の欲する情報を提供できないという本末転倒な事態。
ヤマアラシのジレンマ(知らない人は調べてね)状態である。
竜串海岸を観て素晴らしいと思う人もいれば、ただの岩と見る人もいる。
人の感性は十人十色。その人なりの欲しい情報がある。
学術的な話を聞きたい人もいれば、今の感動を聞いて欲しい人もいる。
岩よりも海の綺麗さに感動する人もいれば、見えている貝や魚が食えるのかに関心がある人もいる。
そんな目線をぶった斬って学術的な話1本。
相手が興味があろうが無かろうが関係のない一本調子。
これでは2度目はないし、思い出からも消え去るであろう。
余談だが、少し前に某地方創生担当の大臣が「学芸員はガン」と発言して問題になった。
大臣という立場上では問題なのだが、上記の事を言いたかったのだろうなと思う。
さて、話を戻すが、そもそも観光とは何だろうか?
観光の語源は「国の光を観る」である(諸説あり)。
私の解釈では「その土地の特異な文化、生活を知る」である。
例えば私が普段食べているハガツオやチーキ、ウメイロ、スマなどは海が近くないと食べられない(鮮度や知名度がなかったり)。
陸ではイタドリやチャーテなども食べる地域は少ない。
いつも普通に食べている食材。
それだってところ変われば珍しいのである。
景観や施設だけが観光ではないのだ。
そこに住む人々の暮らしが、習わしが、言い伝えや昔話が観光材料なのだ。
そのストーリーに惹かれ納得、知る事が観光の醍醐味であると私は思う。
私の常識、非常識(いい意味で)。
世間話的な感覚こそが観光地やガイドに求められる感覚である。
そして、最後に感じたのは観光の枠を飛び越えて全てのビジネスにおいて通じるのだが、お金を払うのはお客さんだという事。
そんな話をしても金になるのか?
それはこっちじゃなくて、お客さんが決めるものである。
私たちが飲まないような川の水も砂漠で遭難した人にとっては命の水である。
スマホだって江戸時代にタイムスリップしたら「喋る板」とかいって大騒ぎになる。
金は評価であり、対価であり、期待であり、物では無い。
自分の話す事にいくらの価値があるなんてお客さんが決めるのだから、少ない金額じゃなくても、ガツンと高めを掲示すればいい。
興味があれば使ってくれるし、興味がなければ使わない。それだけだ。
その値段設定よりも充実したと思えばリピートするし、思わなければ次はない。
こちらはリピートしてもらえるように努力し質を上げるだけだ。
長くなったが、これが昨日の講義を受け感じた事をまとめだ。
先生の話を聴いて、ジオパークに関する考え(以前のブログに書いている)が大きく代わったと同時にビジネス参入チャンスはかなりあるなと思えた。
先生の話は痛快であり、私の弱点を衝かれた動揺もあり、観光の考え方の方向性の正しさを確認できたが、周りの参加者の顔を見ると素直に受け取れてないなという人もちらほらいた。
たぶん、その人はそこで止まったまま進歩はないのだろうなと思うと同時に、周りから頭一つ抜けるのにはイージーモードだなと感じた。
今更ながらおもしろいぞ!ジオパークビジネス。
ほいたら、また。
※この投稿の内容は柚洞先生の話を私なりに解釈したもので先生の発言ではありません。
