ジオパーク落選の理由がわかったような気がする。※長文

地域の習わし、伝統、言い伝えに対して科学的、地学的、歴史的な根拠を持ちストーリーを組み立て人に伝える語り部の育成。
そして生まれ育った地域に誇りをもてる人間の育成。

これがジオパークをやる意味だと私は思う。

ただ、今はどうも市民の理解、考えはこの考えからはずれている。
ビジネス、これまでやって来たプライド、行政ありき。
大意より自分の事に聴こえて仕方がない。

そもそも、そんな取り組みが正しければジオパークなんざ今更やらなくてもいいのです。
ただ、そんな取り組みの中からは残念ながら上記のジオパークの意味を理解した人が生まれなかった。

ならば、これまでとは違う視点からアプローチしなければいけない。
ただ、それが理解できてるのかな?というのは正直ある。

特に、ジオパークやろうとやりはじめたメンバーの方が話していたが、ジオパークとはかけ離れていた。
それに気づかずアツく話している姿をみると、今回、ジオパーク審査落ちの反省はなく、落ちた理由もわからないだろうなと思った。

私もジオパークが完璧に把握できているかと言われたら正直、自信がない。
ジオパーク分かりにくい、見えにくい、幅が広い。
だからこそ解釈にも個々での誤差もでやすい分、自由度も高い。


私たちの暮らしは気づいたらジオパークである。
これがわかる人はジオパークやる意味があるかな。
わからない人は諦めるか、色々体験してわかるようになったらジオパークに向けて動いていけるはず。

どの立場から物をいってるんだと批判覚悟であまりにもジオパークに対する理解が薄い人が多いなという危機感と共に、このままじゃ次回もぶっちぎりで落選するという警告としたい。

ただ、一つ。
ジオパーク知れば知るほどおもしろい。

ほいたら、また。

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