失われるという事

これまであったものがなくなる。
当たり前にあると思っていたものが無くなる。

悲しい。
辛い。
不便。

でも、何故なくなったのだろうか。

人が必要とするものは必ず残っていく。
残らない。という事は必要とされなくなったともいえる。

人口の減少。
利用者の減少。
利用回数の減少。

必要とする人と必要とされるもののデッドラインは必ずあって、そこを超えてしまうと、自然と淘汰されてしまう。


これからの日本はどんどんその流れが目に見えるようになってくる。
あるべきものがドンドン姿を消して行く。

とりわけ、その流れは地方へ行けば行くほど激しく厳しくなっていく。
大川村問題もそれに当てはまる。

逆に言えば地方が将来の日本を暗示して、先取りしている。
皮肉なことに最先端を行っているのだ。

土佐清水市も高齢化が進み、自然減、社会減共に進む。
人も減り店も減り、観光客も減り、今まさに淘汰されようとしている。

ただ、この流れに少し抗って生きてみたいとも思うのだ。
なるようにしかならない。の中で、打開策を見つける楽しみ。
あると思う。

ほいたら、また。

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