「嫌い」より「好き」を。~私が思ったSNSの使い方~
SNSって自分の「好き」を発信するには便利がいいが、「嫌い」を発信するには不向きだ。
自分の「好き」を発信する。
これは見てる人は「こういうの好きなんだね」となるし、同じ趣味の人からすれば分かりやすいから、人が集まってくる。
一方、自分の「嫌い」を発信する。
これはもう、単純に不快である。
厳しい言葉を並び立てては、いくら自分が信じる信念に反していようが、他人から見たらただのクレイマーであり、正直、あまり関わりたくないなと思ってしまう。
これはSNSだけじゃないのだけれど、自分の「好き」がハッキリわかっているって、とっても素敵な事だ。
だったら、「好き」だけを発信すればいい。
もし、「好き」に共感できシェアできる記事が少ないなら、自分で書けばいい。
自分の「好き」に没頭してる姿って美しいし、たくましい。
それを見るだけでパワーがもらえるし、へこんだ気持ちも持ち直したりする。
そんな素晴らしさが瞬時に世界に発信できるSNSは本当に素晴らしいものである。
「嫌い」を上げて批判するなら、「好き」を上げて愛を語る方が何万倍もいい。
私も気を付けよう。
「好き」を発信できるよう心がけねば。
ほいたら、また。
自分の「好き」を発信する。
これは見てる人は「こういうの好きなんだね」となるし、同じ趣味の人からすれば分かりやすいから、人が集まってくる。
一方、自分の「嫌い」を発信する。
これはもう、単純に不快である。
厳しい言葉を並び立てては、いくら自分が信じる信念に反していようが、他人から見たらただのクレイマーであり、正直、あまり関わりたくないなと思ってしまう。
これはSNSだけじゃないのだけれど、自分の「好き」がハッキリわかっているって、とっても素敵な事だ。
だったら、「好き」だけを発信すればいい。
もし、「好き」に共感できシェアできる記事が少ないなら、自分で書けばいい。
自分の「好き」に没頭してる姿って美しいし、たくましい。
それを見るだけでパワーがもらえるし、へこんだ気持ちも持ち直したりする。
そんな素晴らしさが瞬時に世界に発信できるSNSは本当に素晴らしいものである。
「嫌い」を上げて批判するなら、「好き」を上げて愛を語る方が何万倍もいい。
私も気を付けよう。
「好き」を発信できるよう心がけねば。
ほいたら、また。
