移住促進に見る20年後の日本

数日前のブログにも書いたが、高知県は日本の10年先の姿。土佐清水市は日本の20年先の姿と言われている。

今、各都道府県で移住促進に力を入れている。高知県も熱心である。
Uターンはもちろん、Iターンも含め、ありがたいことに高知を、土佐清水市を選んで移住して来てくれた人たちもいる。

しかし、土佐清水市が移住して来た人たちを全面ウェルカムかといえば、それは地域差、住民差があると私は感じている。

原住民にとっては移住者は未知の存在であり、暗黙のルールが通じない相手として厄介に写る側面もあると思うし、お互いの歩み寄り、許容範囲の拡大を図る必要がある。

せっかく土佐清水市を選んで来てくれたのだから、シャイな土佐清水市民も人間同士しっかり本音で話す事ができれば、壁は剥がれると思うが、なかなか上手くいってないように私には見える。


話は戻って、土佐清水市は20年先の日本の姿であると言われている。
土佐清水市の場合は移住者という価値観の受け入れに時間がかかっているが、日本レベルでみると、それは外国人などの移民問題と置き換わると思う。

人が少なくなりました。→人を呼ぼう。
これは戦後にブラジルなどに日本人を移住させた時と真逆のパターンである。

「来て下さい」と言った以上は「後は自己責任」ではいけない。
「来て下さい」と言ったならばフォローも含めて政策なのではないだろうか。

もし、フォローができないのなら、最初から来て下さいなんて言わない方がいい。


ただ、受け入れに否定的なわけではない。
新しい風は地域を刺激し新しい力を生むきっかけにもなる。
日本という国自体、歴史を辿れば海から渡ってきた知識、技術を上手くアレンジして成り立って来た国でもあるのだから、新しきを受け入れ自分達も改める土壌はあるはずだ。 

お互いの歩み寄り。
それはテイク100%位の気持ちでやっとイーブンになるものだと思う。
お互いがギブを求めず100%のテイクで思い合い、尊重し合う。
これが唯一の正攻法だと私は思う。

お互い様の精神で行きましょう。
ほいたら、また。

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